さよせか第5回2

 吉は徐々にゼフィラスに戻りつつあったと同時に、吉である自分をも回想していた。

 したくてしているのではない。勝手に吉の記憶がまとわりついてくるのだ。

 それに苛立ちを隠せないと同時に嬉しさを感じていた。そんな自分を気持ち悪くも心地よくも思う。

 読者モデルになったのは、有名になればエレイナと合流しやすいのではないかというゼフィラスの意思でしかないし、ユーフェリアとつるんでいたのも魔法を使える彼女を自分の召使いにしたに過ぎない。

 学校や仕事における人間関係も目立たないために無難にしていただけだ。残念ながら、浮いていたようだったが……。

 自分の目標と光の神への忠誠だけを思い浮かべていれば充分なのであり、吉の思い出は完全に邪魔だった。

 次の十字路をまっすぐ走れば、学校へと続く坂道へ辿り着く。そうすれば、学校はもうすぐだ。

 そこに、空からウィンと凪子の二人が急降下してきて、吉の進路を塞いだ。

 凪子が確認するように、

「……本当にゼフィラスさんなんですか?」

 吉は肯定しようとしたが、吉として言おうとしている自分とゼフィラスとして言おうとしている自分がいて、上手く発音が出来なかった。その代わり、強く頷いた。

「取引しましょう。エレイナさんの居場所を私たちは知っています。だから、せめて人間界の混乱が収束するまで運命の力を持って神界には帰らないで下さい」

「本当に知ってるの?、……か?」

「勿論です。エレイナさんが運命の力で人間界を修正するまでの時間でいいんです」

 ゼフィラスは素っ気なく、

「拒否する。運命の力が長い時間、人間界にあるということはそれだけ運命の力を横取りされるリスクが増える」

「ユーフェリアさんごと神界に連れて行けば、途中で運命の力が発動されるかもしれませんよ」

「その心配はない。力づくで眠らせればいいだけだ、しさ。あ、でも……、いや、いいんだ」

「どうしよう! 否定出来ないよ、ウィンちゃん!」

「でも……、あとで藍の蝶が取れないってユフェ怒るかも」

 吉がポツリと言った。

 ウィンが驚いたように、

「まだ、そういうことに頭回る意識があるのか?」

「!」

 吉が二人の後方に何か気付いたようだ。

 二人が振り向く前に、吉は二人を力づくで押しのける。

 振り返ると、前方から全身ずぶ濡れで、水色のドレスを重そうに引き摺りながら、ユーフェリアが走ってきていた。

 凪子が持っていた魔法道具から光の輪を飛ばし、吉を拘束しようとするが、見もせずに腕一本で光の輪を叩き落とす。

「マジか」

「逃げて! もう吉君はゼフィラスさんなんです!」

 凪子は叫んだが、すっかり疲れ果てた上に、運動音痴のエルフであるユーフェリアには常人離れした吉に対応出来るだけの体力は残ってはいないし、事態を把握する能力すら今はなかった。

 吉がハイスピードでユーフェリアに近付く、十字路から凪子の叫びを聞き、事態を把握した綺羅が二人に割り込むように飛び出し、吉に容赦なく右手でストレートを放った。

 一瞬のことで吉は対応出来ず、頬を殴られた勢いで地面に倒れるが、すぐに起き上がる。

 凪子が続けて叫ぶ。

「ユーフェリアさん! 逃げて!」

 ユーフェリアは僅かな戸惑いの表情で、事情を飲みこめないでいるが逃げようとはしている。しかし、足がもつれてしまっている。

 吉は綺羅に、

「綺羅君、悪いんだけど、邪魔だが?」

「なんだ、その喋り方」

 瞬間、吉は突然、腰を落とし、綺羅の肝臓目掛けて右脇腹に突きを放つが、ファルコ族固有能力で身体能力を強化したウィンが背後から吉を急襲することで綺羅への一撃は外れた。

 綺羅は無表情ながらも殺気を発する吉の突きに背筋がゾッと冷えた。吉の一撃が当たっていたら、一瞬で意識を失う自信がある。

 何かに気付いた凪子が金切り声で叫んだ。

「綺羅さん! 腕輪! 腕輪を吉さんに嵌めて下さい!」

 吉が綺羅の握っている腕輪を見て、マズイという表情をした。

 だが、マズイのは綺羅も同様だった。吉は明らかに綺羅を警戒し、腕輪を狙っている。下手すれば手が千切り取られるんじゃないかという恐怖すら感じる。それほどまでに吉の瞳は冷酷だった。

 それでも、ここで引くわけにはいかない。

 ウィンが羽で薙ぐが吉に羽を掴まれ、地面に強く背中を叩きつけられた。

「ガハッ!」

「ウィンちゃん!」

 ウィンは痛みで起き上がれずにいる。

 吉が申し訳なさそうに、

「ごめん! でも、僕は……今、半分くらい体も神族に戻ってるから強いんだ!」

 綺羅が動揺しながらも任務だけは遂行する吉に近付くが取り組む前に吉は鋭いハイキックを見舞い、綺羅をコンクリートの壁に叩きつける。正直言って、歯が立たない。

 吉は腕輪を取り上げるまでもないと判断し、ユーフェリアへと近づく。

 凪子が苦々しい表情で、

「ユーフェリアさん! 運命の力を発動して下さい! それ以外に吉さんから逃げる方法はありません!」

「しかし、代償が……」綺羅は動揺するも、他に手段も見当たらない。

 ユーフェリアは動けないのか、近付く吉の顔を見詰めるばかりだ。

 吉は右手でユーフェリアの胸倉を掴んだ瞬間、ユーフェリアはその手を掴み、吉を魔法で氷漬けにした。

 それを吉は同じく魔法で割っていくが、その上にユーフェリアが氷の魔法を被せ続けていく。

「さあ、私と魔法で勝負をしましょう、吉君。いえ、カスラス」

 辺りに心臓すら凍りつきそうなくらいの冷気が放出され、皮膚や筋肉が寒さで固まり強張る。髪の毛やまゆ毛に霜がつき、肺の奥や喉に氷を直に入れられたかのように冷えていく。

 ユーフェリアの肌はあまりの低温に乾燥し、引いた唇が割れ、血が滲む。

 いつも無表情で気だるそうにしているユーフェリアが全身に力を入れ、顔を歪め、歯を食いしばりながら、ゼフィラスと拮抗をしていた。

 綺羅は骨の芯まで凍りそうな寒さの中で強張った体を無理やり動かし、吉の手が氷から突き出た瞬間、その手を掴み、腕輪を嵌めた。

 その刹那、吉は氷漬けから解かれ、ユーフェリアは疲れ切った表情で膝を突いた。

 一方の吉は平然とした顔をしている。

「大丈夫、ユフェ? 僕のほうが魔力は強いのに無理をするから……」

「君のせいじゃないの」

「僕の魔力が完全に解放されていたら、もっと君を苦しめずに神界に連れて行けただろう。神界は蝶もいっぱいいるし、君も退屈しないよ」

「話し方変じゃない? 神界は退屈しなくとも、先に藍の蝶が欲しいの。それよりその腕輪は何? 綺羅君がつけた瞬間、魔力が少し吸い取られちゃったわ」

「これは拘束具の一種で暴食と束縛の腕輪という。つけられた人は魔法の使用が出来なくなる上に外部からの魔法も受け付けなくなるんだよ。しかも、この腕輪は魔力を吸収する。嵌められると自分では外せない」

「もういいわ。それより、寒いわね」

 ユーフェリアはふらつきながら、立ち上がり、炎を発生させ、温める。

 吉は恨めしそうに綺羅へ対して、

「君がこの腕輪を嵌めたせいでS・バードを孵化させても神界に行けないのだが……」

「それが狙いだからな。俺の考えとしては腕輪をつければ、ゼフィラスの意識がまた眠るという状態にはなると思ったんだが……」

「僕とゼフィラスは同一人物だから……でも、体のほうは人間に戻っちゃった」

 腕輪をつけられたせいかいつもの気弱な読者モデルに戻っていた。

「今、生きてるのはゼフィラスじゃなくて吉だろう。吉は吉として生きる権利があるんだぞ」

「そうなんだろうけど……。やっぱり僕が仕えてる神様とヘンテコ神は敵同士とかいう事情もあるし……僕はそういうのを優先しないと……」

「そういえば、カスラス。ヘンテコ神はどこにいるのかしら? 私、今すぐにでも会わなきゃいけないのだけれど」

「ユフェ。その言い方やめて。せめて吉にして。それで、ヘンテコ神がどこにいるかは分からない」

「仕方ないわね。それなら、私、神明壮へ急いで行かなきゃ。さようなら」

 ユーフェリアは疲れ切った表情で、ふらつきながら神明壮へと走り出そうとする。

 ウィンが、

「待てよ! その体じゃ無理だから送っていく。空からだからすぐだ」

 神明壮に向かおうとした時、上空を黒い影と圧力が覆った。

 顔を上げると、黄金宮の兵士やアンビーたちが空を飛んでいて、降りてきた。

 一同は兵士たちに取り囲まれる形に。

 吉が焦りながら、

「腕輪外して!」

 そうしたいのは山々だが、外したらユーフェリアを強奪し、自分だけ逃げるというリスクがあるため、非常にやり辛い。

 だが、綺羅は吉を信じ、

「俺たちを助けてくれるなら……」

「腕輪が外れたら、妖精なんてゴミを一瞬で一掃出来るよ!」

 発言が不穏当過ぎて、ますます外し辛い状況に。

 正面にはアンビーが立ち塞がり、ロープでグルグル巻きにされたアンジュとエルジュがいた。

「すみませーん、捕まってしまいましたー」

「ユフェちゃん。素敵なお友達をお持ちだこと。このお友達をこれ以上、苦しませたくなかったら、分かっているわよね? 運命の力を発動させて全ての世界を私にプレゼントしてちょうだい」

「お友達が家に迷うことなく帰れるように、運命の力を使えばいいんでしたね。それくらいなら」

「違うでしょ! 世界をちょうだいって言ってるのよ」

 アンビーは笑っていたが、怒りと苛立ちが漏れ出ている。

 綺羅は覚悟を決めた。本当はアンビーと行き合った時にユフェらに謝罪をするように促すつもりだったが、自身の身も危なくなったため、省略。

 おもむろに、アンビーに近付く。

「な、何よ」

 長い槍を持った兵士が立ち塞がるが、ここで綺羅を刺したら日本と妖精界の間に外交問題が発生するので刺すことはしない。

 綺羅はアンビーの手を掴み、引っ張り倒し、おもむろにアンビーのケツを叩き始めた。

「痛い!」

合気柔術部だから力は強いな」

 動揺し、動けない兵士たち。

 ユーフェリアが兵士たちに、

「もし、綺羅君や私たちに何かしたら、……分かっているわよね? 運命の力が暴走するわよ。仲良く一心同体となって滅びたくなかったら、さっさとエルジュとアンジュも放しなさい」

 冷たい圧力に、エルジュとアンジュは釈放された。

「ユーフェリア様、無事に会えてよかったです」

「ごめんなさい、アンジュ、エルジュ。逆上せ上がったカスに邪魔されて神明壮まで辿り着けなかったわ」

「それって私のことか?」

 吉が俯く。

「いいですよ! 今、こうして会えましたし」

「そうそう」

 一方のケツを叩き続ける綺羅は、絶望した表情で、

「このまま俺はどうすればいいんだ……」

「放せばいいじゃないのよー!」

「綺羅君、僕の腕輪を」

「お前は危ないから駄目だ」

 ユーフェリアが綺羅の持っていた腕輪のもう片方を手に取り、アンビーに無理やり嵌めた。

「ちょっとユフェちゃん! 何するの?」

「それはこちらのセリフです。魔法を使えないエルフなんてもう誰も怖がらせることは出来ませんよ。お母様、あなたが大きな顔を出来るのももう終わり」

「それじゃ、妖精界は誰が統べるのよ?」

「お母様に王位を簒奪された父上を復活させてもいいですし、私でも親族の誰かでもよいでしょう。大臣にお願いして、良い余生を送れるようにして差し上げますよ。あなたの欲望のための道具として産み落とされた命だとしても、私はあなたの娘なのですから」

 アンビーを恐れる必要がなくなった兵士たちは躊躇うことなく、アンビーの腕を持ち、黄金宮へと引き返していった。

 

さよせか第5回3 - さよなら世界第5回

 

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